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[C1] 『嫌われる勇気』

はじめまして。
『嫌われる勇気』読書会&講演会にご参加されると
より深く理解されるかと思います。
よろしければぜひご参加ください。

11月09日(日)13:30~
新大阪丸ビル新館 609号室 

noblesseoblige.co@gmail.com

http://www2.ocn.ne.jp/~cerulean/301.html

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『嫌われる勇気』より学ぶ幸福と感じるための5つの方法



世界はどこまでもシンプルであり、人は今日からでも幸せになれる

P2


あなたは、どう思いますか?
わたしは正直最初は、宗教チックだなぁーと感じました。笑

嫌われる勇気』では、アルフレッド・アドラーという心理学者の考え方をもとに、この題目を証明しています。
アドラーは「幸福と何か」という、全人類の永遠の課題に、確かに一つの答えを導き出しています。

嫌われる勇気』より、幸福と感じるための5つの方法をご紹介します。


1.過去のせいにしない


過去

「これまでの人生になにがあったとしても、今後の人生をどう生きるかについてなんの影響もない」

P56


現在を過去のせいにしていませんか?

例を挙げます。
小さい頃から親同士が喧嘩をしていて、離婚をしてしまった。
それがトラウマとなり、現在26歳の俺は童貞ヒキニートであり、一生結婚することはできないだろう。
このトラウマがなければ俺だって幸せな道を歩めたのに・・


この言い分だと、親同士の喧嘩、離婚が原因となり、今の自分がいる。ということになります。
原因となる「過去」があり、その結果「現在」があるという考え方です。

しかし親同士が喧嘩、離婚した家庭で育った子どもが、もれなく童貞ヒキニートとなるかと言われれば、そうではありません。

「現在」は「過去」によって規定されません。

現在の責任を過去になすりつければ、自分は変わらなくて済むので楽です。
しかし、わたしたちは原因があって今があるのではなく、目的を果たすために今を選択している、とアドラーは指摘しています。

今回の例だと
・親や先生に注目されるため
・好きな子に振られないため
・会社で怒られないため
などの目的が考えられるでしょう。

「現在」が「過去」によって決められていると考えていたら、いま、変わることはできません。
「現在」はいま、わたしたちが選択した結果だと考えれば、いまから変わることだってできますよね。
厳しい考え方ですが、すごく前向きな考え方だと思います。

あなたが「現在」を変えたいのなら、現状の自分でいることのメリット、デメリットを整理しましょう。
自分が本当は一体何が目的で「現在」を選んでいるのか、自覚しましょう。


現在は、自分が選択している結果である、ならば選択しなおせばいいだけですよね。

人は、誰でも変わることができます。


2.他者の課題にふみ込まない


課題の分離

われわれは自由を選びながら、なおかつ幸福をめざす存在なのです。

P254


不自由は、不幸です。
われわれは自由であってこそ、幸福だと感じられるのではないでしょうか?

アドラーは、自由になる手段として「課題の分離」という考え方を提唱しています。

例を挙げます。
就職氷河期の今、なんと自分が入りたかったゲーム制作会社、ガンホ○に内定をもらった!奇跡!
しかし、親はどうしても家業の壁殴り代行を継いで欲しいようだ。
昨夜も内定をもらったことを伝えたら、母は泣き喚き、父はガチギレして壁を破壊した。正直怖い。
ここまで育ててもらった恩もあるし、母が可哀想(父が怖い)ので、仕方なく内定辞退しようか迷っている・・・どうしよう・・・


親は、儲かるし楽だし社会的にも地位も高いしと、良かれと思って壁殴り代行を勧めているのでしょうね。
しかしこの時「何の仕事をするのか」は子どもの課題です。決して親の課題ではありません。

この時、子どもが親の言いなりに壁殴り代行を継いだとします。
親が選択した人生を選んだ子どもは、果たして自由と言えるのでしょうか?

このように他人の課題に干渉するということは、他人に自分の人生を押し付けているということです。

人と関わるとき、最終的にその結果の影響を受けるのは誰か、考える。
そして自分の課題でないのなら、それにふみ込まないようにする。
逆に自分の課題なら、他人にふみ込ませないようにする。


自由になるために「課題を分離」しましょう。

「自由とは、嫌われることである」

P162


本書のタイトルともなっている、衝撃的なセリフです。
しかしこれは「嫌われることをしろ」と言っているわけではありません。

他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを怖れず、
承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり
、自分の生き方を貫くことはできない。
つまり、自由になれないのです。

P163


人に認められたい、嫌われたくない、と顔色ばかりうかがっている人生。
そんな不自由な生き方が、小さなストレスとしてわたしたちにのしかかっているのではないでしょうか?

幸せになる勇気には、「嫌われる勇気」も含まれます。
その勇気を持ちえたとき、あなたの対人関係は一気に軽いものへと変わるでしょう。

P165




3.他者を評価しない


感謝

子育ての場面において、あるいは部下の育成などの場面でも、一般的にはふたつのアプローチがあるとされています。
叱って育てる方法と、ほめて育てる方法です。
中略
ほめるという行為には「能力のある人が、能力のない人に下す評価」という側面が含まれています。
中略
われわれが他者をほめたり叱ったりするのは「アメを使うか、ムチを使うか」の違いでしかなく、
背後にある目的は操作です。アドラー心理学が賞罰教育を強く否定しているのは、それが子どもを操作するためだからなのです。

P196~198


俗に言う、上から目線というやつですね。
他人と違うのは立場だけであって、人としては対等です。
親だって、先生だって、上司だって、内閣総理大臣だって、同じです。

他者へのアプローチは、もっと素直でいいはずです。

そう、仕事を手伝ってくれたパートナーに「ありがとう」と、感謝の言葉を伝える。あるいは「うれしい」と素直な喜びを伝える。「助かったよ」とお礼の言葉を伝える。

P204


自分の素直な気持ちを伝える。
素直に感謝されたとき、とても嬉しく「自分には価値があるんだ!」と思えますよね。


4.あなたは誰かの役に立っている と感じること


貢献感

人間にとって最大の不幸は、自分を好きになれないことです。
この現実に対して、アドラーはきわめてシンプルな回答を用意しました。
すなわち、「わたしは共同体にとって有益である」「わたしは誰かの役に立っている」という思いだけが、自らに価値があることを実感させてくれるのだと。
中略
あなたの貢献が役立っているかどうかを判断するのは、あなたではありません。
それは他者の課題であって、あなたが介入できる問題ではない。
ほんとうに貢献できたかどうかなど、原理的にわかりえない。
つまり他者貢献していくときのわれわれは、たとえ目に見える貢献でなくとも、「わたしは誰かの役に立っている」という主観的な感覚を、すなわち「貢献感」を持てれば、それでいいのです。
中略
すなわち「幸福とは、貢献感である」

P252


わたしたちは、人に貢献することで自分の価値を実感することができます。

・電車で、おばあさんに席を譲る。
・前の人が落としたハンカチを拾ってあげる。
・道に倒れている人に声をかけ、助ける。

こんな小さな貢献でも、誇らしい気分、清々しい気分になりませんか?
これは「自分が人に貢献していると実感している」からです。

どんな小さなことでも、人に貢献していると感じられる生き方をしましょう。
過去記事『イライラから開放されたい人ための、たった2つのコツ』でも紹介しましたが、自分の気持ちに素直になれば、機会はいくらでも転がっているはずです。


5.いま、ここを真剣に生きる


いまここ

もしも人生が山頂にたどり着くための登山だとしたら、人生の大半は「途上」になってしまいます。
つまり、山を踏破したところから「ほんとうの人生」がはじまるのであって、そこに至るまでの道のりは「仮のわたし」による「仮の人生」なのだと。

P263


あなたはいま、転職をしたいと考えているとします。
あなたがいま、働いている会社での自分は「仮の自分」なのでしょうか?

「本当はやればできる、今は準備期間だ。」

そんなこと言ってたら、一生仮の人生を送ることになります。

本書では、人生を登山に例えています。

登山の目的が「登頂すること」にあるのなら、それはキーネーシス的な行為でしょう。極端な話をするなら、ヘリコプターで山頂に向かい、5分ほど滞在し、再びヘリコプターで帰ってもかまわない。もちろん山頂にたどり着けなかった場合、その登山は失敗だということになります。
しかし、目的が登頂でなく登山そのものであれば、エネルゲイア的ということができます。結果として山頂にたどり着くかどうかは関係ないわけです。

P269


わたしたちの人生は、いつ、どこで、終わるのかわかりません。
ならば、その途上も楽しみましょう。
「いま」を真剣に生きずに、いつ真剣に生きるというのでしょうか。

「いま人生が終わったとしても悔いはない」と思えるくらい、いまを真剣に生きましょう。

まずは「今日の仕事」から本気出しましょう。笑


嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え を読んでみた


ちょっと前から流行っているらしい本書。
紀伊國屋書店でも、結構前から面出しされっぱなしですね。

哲人と青年の対話形式で書かれており、非常に読みやすい本でした。
青年が読者の代わりに哲人に容赦なく反論してくれるので、かなり説得力はありますし、痛快です。
またそのやりとりが非常にドラマチックで、物語としても引き込まれてしまいました。
特に終盤の展開には胸が震えました。

アドラー心理学は「幸福」という壮大なテーマに対して、常識へのアンチテーゼをもってして証明をしています。
読んでいると自分の常識を洗い流され、身軽になっていきます。

久々に「とにかく読んでみて!」と薦めたくなる本でした。

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